こんにちは 
4月に入り、毎週のように大会が開催され、
コートは一気に活気づいてきましたね
中学校や高校では新入生をお迎えして、
そろそろ部活勧誘の成果が出ている事と思います


今年還暦の私が中学生だったのは、
遠い遠い昔の事ですが
同じ年に生まれた人数は約182万人だったそうです。
今年、中学新入生の方がお生まれになったのは
2011年(平成23年)ですが、同じ年の出生総数は
約106万人という事ですので、私の時の58%程度。
こりゃ、部員数も減るわけですね
今の若い方々は知らないかも知れませんが、
有名な12種類の干支(えと/十二支)とは別に
10種類数えの十干(じっかん)というのもあり、
甲→乙→丙→丁→戊と続くやつなんですが、
これを(干)・(支)で組み合わせると60種類あります。
時代劇の頃の日本人は西暦なんか知りませんので、
自分の生まれ年を(干)・(支)で言い表したそうです。
61年目は再び生まれの十干十二支へ戻るので
これを還暦と呼んでいるそうで、今年の私です
十干の最初は「甲」となりますが、
読み方としては「きのえ」と読むそうで、
十二支は「ねぇうしとらうー」と呼んでますが
一番最初の「ね」は漢字では「子」ですので、
これを組み合わせると「甲子」(きのえね)となり、
自分の生まれは「きのえね」と言ったようです。
ちなみに、今から101年前の大正13年が
「甲・子」の年で、一番の意味も含む甲子を
その年に完成した運動場に「甲子園」と名付けたのが、
甲子園球場の名の由来と聞いた事があります。
私は十干十二支では「乙(きのと)・巳(み)」で、
翌年は「丙・午」となり「ひのえ・うま」と読みます。
既に長くなっているので割愛しますけど、
「ひのえうま」にまつわる言い伝えから
この年に子供を産まないようにする
日本だけの風習があって、私が生まれた翌年の
出生数は前年比36万人減の136万人で
次に136万人を下回るのは21年も経った
1987年(昭和62年)の134万人になります。
「乙(きのと)・巳(へび)」の私が今年60歳。
来年は「丙(ひのえ)・午(うま)」になるので、
前回ほどではないものの、まだ迷信が生きていて
出生数が減ってしまうという話しも聞きますが、
「丙・午」の天才・秀才・偉人は大勢いますので、
どうか「生みびかえ」しないでほしいですね
以上、雑談おわり
さて、今年の新入生か加入した高校生の、
最初の公式戦が関東大会予選会の地区予選で、
私は今年も第5地区の予選会へお邪魔しました

19日(土曜日)におこなわれた
個人戦の開会式。
私の地元の富里高校を始め、
顔見知りの選手が多いこの地区ですが、
2校の私立校の壁を公立校の選手が
どうやって越えていくかという図式ですね
私立校の新加入の選手は、
ほとんど春休みには練習に合流して、
遠征にも帯同する事も多く、入学式から2週間後の
地区予選の時点でも既にゼッケンが、
新しいおそろいのゲームウェアについていますが、
公立校の選手は、まだ入部して間もなく、
ゼッケンもゲームウェアもこれからです。
男子は、私の二人の愚息もお世話になった
私立校の千葉黎明高が今年も多くの進入部員を集め、
今回のエントリー42ペア中、4割あまりの17ペアと席巻。
今回の地区予選の男子個人戦は、
10枚の県大会切符を争うかたちになりましたが、
出場ペア数と会場規模の関係から、
男子個人戦はトーナメント戦となりましたので、
まずはベスト16入りの3回戦進出が目標となります。
ベスト16ペアの中に、公立校は1ペアだけ入りましたが、
その先の戦いで敗れてしまい、
最終的に10ペア中9ペアが千葉黎明高、
1ペアが成田高と私立校で独占となりました。
一方の女子は24ペアのエントリーとなり、
このうち公立校は11ペアと約半数。
こちらも10枚の切符が用意されていました。
8つの3ペアリーグ戦で1位抜けなら
その時点で県大会が決まり、
2位の8ペアから2ペアが
敗者復活で県大会切符を手に入れます。
リーグ1位の8ペアは成田高と千葉黎明高が
きれいに4ペアずつ分け合い、
残りの2枚については成田高が1枚、
そして公立校の成田国際高が1枚でした。
と言うことで、男女10ペアの県大会出場ペアは
女子の1ペアをのぞいて私立校の成田高と
千葉黎明高のペアという事になりました。
関東大会を目指して頑張って下さい。
<男子個人戦>

<女子個人戦>

翌日の日曜日に団体戦だったのですが、
私が知り合いのエントリーをお手伝いしたので
四街道春季大会の方へお伺いしました。
伝聞ですが、男子団体戦は
成田高と佐倉高が県大会出場を決め、
女子団体戦は、佐倉東高と富里高が
ゴールデンウィーク終盤の県大会へと
駒を進めたそうです。
新装の千葉県SCが大会会場です
日曜日は、四街道総合公園コートで開催された
四街道春季大会にお邪魔してきました。

開会式では、まばらな感じですが、
今大会は中学生からシニアまで
70ペア近くのエントリーでした
3+3+2という独特なセパレートの同会場。
私は一般女子と中学女子がおこなわれた
2面のコートを中心に観戦させて頂きました
一般女子では、知り合いの選手ペアが
初戦に登場しました

本橋選手(左)と井上選手(右)は
同じ高校でプレーした選手同士のペア。
お二人は後衛ですので、
高校時代にはペアではなかったそうですが、
お二人とも県大会出場の経験があります。

そして、井上選手は愚息と同じ、
富里中学校のご出身です。
今年7月の印旛郡スポーツ大会では
富里市チームの一員として
お力添えを頂きたいと期待しています

今回、準優勝だった會田(あいた)選手。
と思ったら、なんと前日にご入籍。
おめでとうございます
この選手も、愚息どもの後輩です。
といっても、中学ではなくて高校ですね

會田選手のペアは助っ人で来てくれた田中選手。
田中選手は愚息の後輩ではなく、
高校の時に何度となく愚息と対戦した選手が
顧問となっている有名校のご出身です
地元ではないので、会場まで来るのにも
時間がかかったかと思いますが、
落としのボレーが随所に炸裂

3位は、1週間前の成田春季大会で
優勝された戸村選手。

ペアは、その時の準優勝の藤崎選手。
お二人とも同学年の選手で、
今年、めでたく高校を卒業されて、
この4月から大学生です。
お二人は中学校も違いますが、
仲が良かったので、同じ高校へと
進学する話しも出ていたそうですが、
高校も別々の学校へと進学されています。
2位ペアと3位ペアがいずれも知り合いペアで、
ファイナル入りの大接戦となったので、
これが事実上の決勝戦と言いたいところですが、
今回は強いのが1ペアご出場されていて、
6ペアリーグ戦で5試合全て0勝ちの優勝でした
<一般男子・女子など>

<中学男子・女子など>

出生数の話しに戻るわけではないですが、
第5地区の公立高校ソフトテニス部の
新入部員の状況をお伺いすると、
かなり厳しいものが見えてきます。
全体の人数が少なくなっているから
ソフトテニス部員も減る、というロジックは
当然そうなのですが、私のような立場だと
少しでもジタバタしたいところです。
ソフトテニスは多人数競技ではないので、
二人ならペアも組めますし、
一人もでもシングルス競技には出場できます。
ですが、練習でも試合でもチーム活動が軸で、
一人や二人では十分な活動になりにくいです。
特に、団体戦が組めない部員数(3名以下)になると、
直ぐに戻せればまだしも、
時間が経つと巻き返すのは難しくなり、
ひとたび火が消えてしまうと、
灯がともるには時間がかかたったり、
あるいは・・・・・・
今回の第5地区の女子団体戦は
私立校2校が予選免除でしたので、
公立校だけの戦いとなりましたが、
佐倉東高、富里高、成田国際高の3校だけ。
愚息が高校生だった頃の第5地区女子は、
公立校だけで7校だったと記憶しており、
この10年余りの間に半減した事になります。
出生数が少なくなって、当然ながら
高校生の生徒数も10年前より減っていますが、
かといって生徒数が半減したわけではないので、
公立校ではソフトテニス部を選んでいただく
度合いが少なくなったという事になるのかな
なぁ~んて事を口走ったりすると、
「お宅に関係ないでしょ」とピシャリ
まぁ、僅かながらでも
情熱を捨てずに歩いていこうと思います。
では、また~
わが家のテニス経歴
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4月に入り、毎週のように大会が開催され、
コートは一気に活気づいてきましたね
中学校や高校では新入生をお迎えして、
そろそろ部活勧誘の成果が出ている事と思います
今年還暦の私が中学生だったのは、
遠い遠い昔の事ですが
同じ年に生まれた人数は約182万人だったそうです。
今年、中学新入生の方がお生まれになったのは
2011年(平成23年)ですが、同じ年の出生総数は
約106万人という事ですので、私の時の58%程度。
こりゃ、部員数も減るわけですね
今の若い方々は知らないかも知れませんが、
有名な12種類の干支(えと/十二支)とは別に
10種類数えの十干(じっかん)というのもあり、
甲→乙→丙→丁→戊と続くやつなんですが、
これを(干)・(支)で組み合わせると60種類あります。
時代劇の頃の日本人は西暦なんか知りませんので、
自分の生まれ年を(干)・(支)で言い表したそうです。
61年目は再び生まれの十干十二支へ戻るので
これを還暦と呼んでいるそうで、今年の私です
十干の最初は「甲」となりますが、
読み方としては「きのえ」と読むそうで、
十二支は「ねぇうしとらうー」と呼んでますが
一番最初の「ね」は漢字では「子」ですので、
これを組み合わせると「甲子」(きのえね)となり、
自分の生まれは「きのえね」と言ったようです。
ちなみに、今から101年前の大正13年が
「甲・子」の年で、一番の意味も含む甲子を
その年に完成した運動場に「甲子園」と名付けたのが、
甲子園球場の名の由来と聞いた事があります。
私は十干十二支では「乙(きのと)・巳(み)」で、
翌年は「丙・午」となり「ひのえ・うま」と読みます。
既に長くなっているので割愛しますけど、
「ひのえうま」にまつわる言い伝えから
この年に子供を産まないようにする
日本だけの風習があって、私が生まれた翌年の
出生数は前年比36万人減の136万人で
次に136万人を下回るのは21年も経った
1987年(昭和62年)の134万人になります。
「乙(きのと)・巳(へび)」の私が今年60歳。
来年は「丙(ひのえ)・午(うま)」になるので、
前回ほどではないものの、まだ迷信が生きていて
出生数が減ってしまうという話しも聞きますが、
「丙・午」の天才・秀才・偉人は大勢いますので、
どうか「生みびかえ」しないでほしいですね
以上、雑談おわり
さて、今年の新入生か加入した高校生の、
最初の公式戦が関東大会予選会の地区予選で、
私は今年も第5地区の予選会へお邪魔しました

19日(土曜日)におこなわれた
個人戦の開会式。
私の地元の富里高校を始め、
顔見知りの選手が多いこの地区ですが、
2校の私立校の壁を公立校の選手が
どうやって越えていくかという図式ですね
私立校の新加入の選手は、
ほとんど春休みには練習に合流して、
遠征にも帯同する事も多く、入学式から2週間後の
地区予選の時点でも既にゼッケンが、
新しいおそろいのゲームウェアについていますが、
公立校の選手は、まだ入部して間もなく、
ゼッケンもゲームウェアもこれからです。
男子は、私の二人の愚息もお世話になった
私立校の千葉黎明高が今年も多くの進入部員を集め、
今回のエントリー42ペア中、4割あまりの17ペアと席巻。
今回の地区予選の男子個人戦は、
10枚の県大会切符を争うかたちになりましたが、
出場ペア数と会場規模の関係から、
男子個人戦はトーナメント戦となりましたので、
まずはベスト16入りの3回戦進出が目標となります。
ベスト16ペアの中に、公立校は1ペアだけ入りましたが、
その先の戦いで敗れてしまい、
最終的に10ペア中9ペアが千葉黎明高、
1ペアが成田高と私立校で独占となりました。
一方の女子は24ペアのエントリーとなり、
このうち公立校は11ペアと約半数。
こちらも10枚の切符が用意されていました。
8つの3ペアリーグ戦で1位抜けなら
その時点で県大会が決まり、
2位の8ペアから2ペアが
敗者復活で県大会切符を手に入れます。
リーグ1位の8ペアは成田高と千葉黎明高が
きれいに4ペアずつ分け合い、
残りの2枚については成田高が1枚、
そして公立校の成田国際高が1枚でした。
と言うことで、男女10ペアの県大会出場ペアは
女子の1ペアをのぞいて私立校の成田高と
千葉黎明高のペアという事になりました。
関東大会を目指して頑張って下さい。
<男子個人戦>

<女子個人戦>

翌日の日曜日に団体戦だったのですが、
私が知り合いのエントリーをお手伝いしたので
四街道春季大会の方へお伺いしました。
伝聞ですが、男子団体戦は
成田高と佐倉高が県大会出場を決め、
女子団体戦は、佐倉東高と富里高が
ゴールデンウィーク終盤の県大会へと
駒を進めたそうです。
新装の千葉県SCが大会会場です
日曜日は、四街道総合公園コートで開催された
四街道春季大会にお邪魔してきました。

開会式では、まばらな感じですが、
今大会は中学生からシニアまで
70ペア近くのエントリーでした
3+3+2という独特なセパレートの同会場。
私は一般女子と中学女子がおこなわれた
2面のコートを中心に観戦させて頂きました
一般女子では、知り合いの選手ペアが
初戦に登場しました

本橋選手(左)と井上選手(右)は
同じ高校でプレーした選手同士のペア。
お二人は後衛ですので、
高校時代にはペアではなかったそうですが、
お二人とも県大会出場の経験があります。

そして、井上選手は愚息と同じ、
富里中学校のご出身です。
今年7月の印旛郡スポーツ大会では
富里市チームの一員として
お力添えを頂きたいと期待しています

今回、準優勝だった會田(あいた)選手。
と思ったら、なんと前日にご入籍。
おめでとうございます
この選手も、愚息どもの後輩です。
といっても、中学ではなくて高校ですね

會田選手のペアは助っ人で来てくれた田中選手。
田中選手は愚息の後輩ではなく、
高校の時に何度となく愚息と対戦した選手が
顧問となっている有名校のご出身です
地元ではないので、会場まで来るのにも
時間がかかったかと思いますが、
落としのボレーが随所に炸裂


3位は、1週間前の成田春季大会で
優勝された戸村選手。

ペアは、その時の準優勝の藤崎選手。
お二人とも同学年の選手で、
今年、めでたく高校を卒業されて、
この4月から大学生です。
お二人は中学校も違いますが、
仲が良かったので、同じ高校へと
進学する話しも出ていたそうですが、
高校も別々の学校へと進学されています。
2位ペアと3位ペアがいずれも知り合いペアで、
ファイナル入りの大接戦となったので、
これが事実上の決勝戦と言いたいところですが、
今回は強いのが1ペアご出場されていて、
6ペアリーグ戦で5試合全て0勝ちの優勝でした
<一般男子・女子など>

<中学男子・女子など>

出生数の話しに戻るわけではないですが、
第5地区の公立高校ソフトテニス部の
新入部員の状況をお伺いすると、
かなり厳しいものが見えてきます。
全体の人数が少なくなっているから
ソフトテニス部員も減る、というロジックは
当然そうなのですが、私のような立場だと
少しでもジタバタしたいところです。
ソフトテニスは多人数競技ではないので、
二人ならペアも組めますし、
一人もでもシングルス競技には出場できます。
ですが、練習でも試合でもチーム活動が軸で、
一人や二人では十分な活動になりにくいです。
特に、団体戦が組めない部員数(3名以下)になると、
直ぐに戻せればまだしも、
時間が経つと巻き返すのは難しくなり、
ひとたび火が消えてしまうと、
灯がともるには時間がかかたったり、
あるいは・・・・・・
今回の第5地区の女子団体戦は
私立校2校が予選免除でしたので、
公立校だけの戦いとなりましたが、
佐倉東高、富里高、成田国際高の3校だけ。
愚息が高校生だった頃の第5地区女子は、
公立校だけで7校だったと記憶しており、
この10年余りの間に半減した事になります。
出生数が少なくなって、当然ながら
高校生の生徒数も10年前より減っていますが、
かといって生徒数が半減したわけではないので、
公立校ではソフトテニス部を選んでいただく
度合いが少なくなったという事になるのかな
なぁ~んて事を口走ったりすると、
「お宅に関係ないでしょ」とピシャリ
まぁ、僅かながらでも
情熱を捨てずに歩いていこうと思います。
では、また~
わが家のテニス経歴
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