ソフトテニス 勝手録

富里からソフトテニス情報を発信中 (富里市ソフトテニス連盟 理事)

2025年04月

四街道春季大会など(2025)

こんにちは 

4月に入り、毎週のように大会が開催され、
コートは一気に活気づいてきましたね 

中学校や高校では新入生をお迎えして、
そろそろ部活勧誘の成果が出ている事と思います 

今年還暦の私が中学生だったのは、
遠い遠い昔の事ですが 
同じ年に生まれた人数は約182万人だったそうです。

今年、中学新入生の方がお生まれになったのは
2011年(平成23年)ですが、同じ年の出生総数は
約106万人という事ですので、私の時の58%程度。
こりゃ、部員数も減るわけですね 

今の若い方々は知らないかも知れませんが、
有名な12種類の干支(えと/十二支)とは別に
10種類数えの十干(じっかん)というのもあり、
甲→乙→丙→丁→戊と続くやつなんですが、
これを(干)・(支)で組み合わせると60種類あります。

時代劇の頃の日本人は西暦なんか知りませんので、
自分の生まれ年を(干)・(支)で言い表したそうです。
61年目は再び生まれの十干十二支へ戻るので
これを還暦と呼んでいるそうで、今年の私です 

十干の最初は「甲」となりますが、
読み方としては「きのえ」と読むそうで、
十二支は「ねぇうしとらうー」と呼んでますが
一番最初の「ね」は漢字では「子」ですので、
これを組み合わせると「甲子」(きのえね)となり、
自分の生まれは「きのえね」と言ったようです。

ちなみに、今から101年前の大正13年が
「甲・子」の年で、一番の意味も含む甲子を
その年に完成した運動場に「甲子園」と名付けたのが、
甲子園球場の名の由来と聞いた事があります。

私は十干十二支では「乙(きのと)・巳(み)」で、
翌年は「丙・午」となり「ひのえ・うま」と読みます。

既に長くなっているので割愛しますけど、
「ひのえうま」にまつわる言い伝えから
この年に子供を産まないようにする
日本だけの風習があって、私が生まれた翌年の
出生数は前年比36万人減の136万人で
次に136万人を下回るのは21年も経った
1987年(昭和62年)の134万人になります。

「乙(きのと)・巳(へび)」の私が今年60歳。
来年は「丙(ひのえ)・午(うま)」になるので、
前回ほどではないものの、まだ迷信が生きていて
出生数が減ってしまうという話しも聞きますが、
「丙・午」の天才・秀才・偉人は大勢いますので、
どうか「生みびかえ」しないでほしいですね 
以上、雑談おわり 

さて、今年の新入生か加入した高校生の、
最初の公式戦が関東大会予選会の地区予選で、
私は今年も第5地区の予選会へお邪魔しました 

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19日(土曜日)におこなわれた
個人戦の開会式。

私の地元の富里高校を始め、
顔見知りの選手が多いこの地区ですが、
2校の私立校の壁を公立校の選手が
どうやって越えていくかという図式ですね 

私立校の新加入の選手は、
ほとんど春休みには練習に合流して、
遠征にも帯同する事も多く、入学式から2週間後の
地区予選の時点でも既にゼッケンが、
新しいおそろいのゲームウェアについていますが、
公立校の選手は、まだ入部して間もなく、
ゼッケンもゲームウェアもこれからです。

男子は、私の二人の愚息もお世話になった
私立校の千葉黎明高が今年も多くの進入部員を集め、
今回のエントリー42ペア中、4割あまりの17ペアと席巻。

今回の地区予選の男子個人戦は、
10枚の県大会切符を争うかたちになりましたが、
出場ペア数と会場規模の関係から、
男子個人戦はトーナメント戦となりましたので、
まずはベスト16入りの3回戦進出が目標となります。

ベスト16ペアの中に、公立校は1ペアだけ入りましたが、
その先の戦いで敗れてしまい、
最終的に10ペア中9ペアが千葉黎明高、
1ペアが成田高と私立校で独占となりました。

一方の女子は24ペアのエントリーとなり、
このうち公立校は11ペアと約半数。
こちらも10枚の切符が用意されていました。

8つの3ペアリーグ戦で1位抜けなら
その時点で県大会が決まり、
2位の8ペアから2ペアが
敗者復活で県大会切符を手に入れます。

リーグ1位の8ペアは成田高と千葉黎明高が
きれいに4ペアずつ分け合い、
残りの2枚については成田高が1枚、
そして公立校の成田国際高が1枚でした。

と言うことで、男女10ペアの県大会出場ペアは
女子の1ペアをのぞいて私立校の成田高と
千葉黎明高のペアという事になりました。
関東大会を目指して頑張って下さい。

<男子個人戦>
001

<女子個人戦>
002

翌日の日曜日に団体戦だったのですが、
私が知り合いのエントリーをお手伝いしたので
四街道春季大会の方へお伺いしました。

伝聞ですが、男子団体戦は
成田高と佐倉高が県大会出場を決め、
女子団体戦は、佐倉東高と富里高が
ゴールデンウィーク終盤の県大会へと
駒を進めたそうです。
新装の千葉県SCが大会会場です 

日曜日は、四街道総合公園コートで開催された
四街道春季大会にお邪魔してきました。

001
開会式では、まばらな感じですが、
今大会は中学生からシニアまで
70ペア近くのエントリーでした 

3+3+2という独特なセパレートの同会場。
私は一般女子と中学女子がおこなわれた
2面のコートを中心に観戦させて頂きました 

一般女子では、知り合いの選手ペアが
初戦に登場しました 

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本橋選手(左)と井上選手(右)は
同じ高校でプレーした選手同士のペア。

お二人は後衛ですので、
高校時代にはペアではなかったそうですが、
お二人とも県大会出場の経験があります。

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そして、井上選手は愚息と同じ、
富里中学校のご出身です。
今年7月の印旛郡スポーツ大会では
富里市チームの一員として
お力添えを頂きたいと期待しています 

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今回、準優勝だった會田(あいた)選手。
と思ったら、なんと前日にご入籍。
おめでとうございます 

この選手も、愚息どもの後輩です。
といっても、中学ではなくて高校ですね 

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會田選手のペアは助っ人で来てくれた田中選手。
田中選手は愚息の後輩ではなく、
高校の時に何度となく愚息と対戦した選手が
顧問となっている有名校のご出身です 

地元ではないので、会場まで来るのにも
時間がかかったかと思いますが、
落としのボレーが随所に炸裂 

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3位は、1週間前の成田春季大会で
優勝された戸村選手。

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ペアは、その時の準優勝の藤崎選手。

お二人とも同学年の選手で、
今年、めでたく高校を卒業されて、
この4月から大学生です。

お二人は中学校も違いますが、
仲が良かったので、同じ高校へと
進学する話しも出ていたそうですが、
高校も別々の学校へと進学されています。

2位ペアと3位ペアがいずれも知り合いペアで、
ファイナル入りの大接戦となったので、
これが事実上の決勝戦と言いたいところですが、
今回は強いのが1ペアご出場されていて、
6ペアリーグ戦で5試合全て0勝ちの優勝でした 

<一般男子・女子など>
002

<中学男子・女子など>
003

出生数の話しに戻るわけではないですが、
第5地区の公立高校ソフトテニス部の
新入部員の状況をお伺いすると、
かなり厳しいものが見えてきます。

全体の人数が少なくなっているから
ソフトテニス部員も減る、というロジックは
当然そうなのですが、私のような立場だと
少しでもジタバタしたいところです。

ソフトテニスは多人数競技ではないので、
二人ならペアも組めますし、
一人もでもシングルス競技には出場できます。

ですが、練習でも試合でもチーム活動が軸で、
一人や二人では十分な活動になりにくいです。

特に、団体戦が組めない部員数(3名以下)になると、
直ぐに戻せればまだしも、
時間が経つと巻き返すのは難しくなり、
ひとたび火が消えてしまうと、
灯がともるには時間がかかたったり、
あるいは・・・・・・

今回の第5地区の女子団体戦は
私立校2校が予選免除でしたので、
公立校だけの戦いとなりましたが、
佐倉東高、富里高、成田国際高の3校だけ。

愚息が高校生だった頃の第5地区女子は、
公立校だけで7校だったと記憶しており、
この10年余りの間に半減した事になります。

出生数が少なくなって、当然ながら
高校生の生徒数も10年前より減っていますが、
かといって生徒数が半減したわけではないので、
公立校ではソフトテニス部を選んでいただく
度合いが少なくなったという事になるのかな 

なぁ~んて事を口走ったりすると、
「お宅に関係ないでしょ」とピシャリ
まぁ、僅かながらでも
情熱を捨てずに歩いていこうと思います。

では、また~


わが家のテニス経歴
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4月~(2025) 中島杯と・・・

こんばんは 

いよいよ新年度のスタート 
学校部活でさかんなソフトテニス競技では、
4月に新入部員をお迎えすると
一気に活気づきますね 

先週、高校生の練習をお手伝いしましたけど、
早速新入生が来てくれて、部活加入の前に
上級生と一緒に練習されていました 

県内でもベスト8に入るような私立高校では、
大抵は春休みには既に新入生も練習に参加されたり
中には遠征にも同行したりして、
もうチームの一員として行動されていますが、
公立校ですとそういうわけにもいかず、
やるき満々の選手でも春休みは自主練で、
入学式後の仮入部などを経ないと
部活練習には参加できなかったりします。

高校のソフトテニス競技では、
5月の終わり頃に関東大会が実際されるので、
それから逆算してGWに関東大会予選会(県大会)
そして4月の2~3週目くらいに地区予選ですので、
その地区予選にエントリーするには入学して直ぐに
入部しないと間に合わなくなってしまいます 

もちろん、エントリーは間に合っても、
ゼッケンやゲームシャツなんかは間に合わないので、
4月の地区予選では公立校の新入生はすぐ判ります 

地区予選は公式戦でもあり、年に2回しかないので、
4月の地区予選を逃してしまうと次は9月頃。
ちょっと時間が空いてしまうんですねぇ。

中学校はもっとシビアで、だいたい毎年4月の
3週目の週末には県団体戦が開催されるので、
2週目までには予選となる支部大会が開催され、
この支部大会に新入生が出場する事は殆どありません。

ま、ラケットを握ったばかりでしょうから、
もし出場してくる選手がいれば、
ジュニアで競技経験のある強豪選手でしょうね 

さて、その中学支部団体戦が昨日(12日)開催され、
例の如く、仲良くさせて頂いている選手の多い、
女子の会場へ応援&観戦にお邪魔させて頂きました 
大会名は功績の大きな先生のお名前を冠した『中島杯』

001
今回のエントリーは41校。
女子は愚息が中学生だった頃とほぼ変わらず。
鳥取県の中学校数が50余りなので、
印旛支部は県大会なみの大所帯。
予選で絞る千葉県大会と同等の出場校です。

また、4月上旬の本大会では、
顧問の先生がご異動されたりして、
新しい着任先で顧問となられた先生や、
元の赴任校の応援にいらした先生など、
会場内では、あちこちで挨拶が交わされていました。

私は野次馬ですので、こういった時には
出しゃばらないようにしているのですが、
私の名前を呼ばれて振り向くと
ご尊顔を拝してすぐに過去の記憶がつながり、
愚息が中学生の時に、他校の顧問の先生でしたが、
ライバルとして切磋琢磨で練習試合にお邪魔したり、
色々とお声を掛けて下さった先生で、
なんとこの春から愚息どもの母校でもある
富里中学校にご着任されたとの事でした 
どうぞ、よろしくお願いします 

コート外では話の輪も咲いていましたが、
コート内では開会式を終えて早速試合開始 

運良く、富里市内の3つの中学校は
同時にスタートせず、最初は富里南中の出陣。

この中学校には最近、ほんの少しだけ
校外での練習をお手伝いしている選手が
何人かご出場されているので
応援の方も力が入ります 

1番戦は取って、取られてでG1-1となり、
それからは流れを掴んで幸先良くスタート 

2番戦は新2年生ペアが張り切ってプレーして、
G2-1とリードしてP3-1と2点マッチを握りました。

1番戦で既に勝利しているので、
2番戦を勝つ事ができたら、チーム勝ちになりますが、
しかし、これを凌がれて逆転で取られてファイナル入り。

ファイナルゲームでは終始、相手を追いかける展開で、
よく粘りましたが残念ながら敗戦となり、
勝負の行方は3番勝負へと持ち越されました。

この日、天気予報を見て予想はしていましたが、
なかなかに強い風が吹いていて、
しかも予想外に冷たい風で、普通のジャージでは寒く、
ベンチコートでも全く問題ない感じでした。

もっとも、目の前のコート内は
熱い戦いが繰り広げられていて、
3番勝負もG2-1とリードの展開ながら、
これも追いつかれてファイナル入り。

ファイナルでも接戦でドキドキでしたが、
先にマッチを握ってこれをものにして、
いきなり3番勝負となった1回戦を突破。
顧問の先生の『疲れました』は本音でしょう 

次は、富里北中が2回戦から登場。
富里3中学校の中では一番小規模な学校です。

昨年12月の成田カップ予選の時からは
少しオーダーが変わっていましたが、
対戦相手の栄(さかえ)中は最近、
男子がグッと伸びているので
女子もかなりレベルアップしている様子。

荒削りながら、しっかりラケットを振っていて
先行される事が多い苦しい展開でした。

富里北中では、1番戦、2番戦と敗戦が続き、
3番戦は粘ってファイナル入りでしたが、
これも相手に勝たれてしまいました 

昨秋の新人戦の団体戦で見事ベスト4に入って
県大会出場を果たした富里中は本大会の第3シード。

初戦の七次台(ななつぎだい)中との一戦が始まった直後、
富里南中の2回戦も始まりましたので、
第2シードの滝野中との対戦を迎えた
富里南中の一戦へ足を運びました。

1回戦で控えに回った2年生・3年生ペアを
1番戦に起用してスタート。

なんとかラリーを続けてチャンスを伺いますが、
なかなか連続得点を奪う事ができずに敗戦すると、
先ほどは1番戦で快勝した3年生ペアも
P2-2まではいくのですが、ゲームポイントを奪えず、
こちらも敗戦となってしまいました。

3番戦は競った展開も多かったのですが、
上手い具合に風を味方にした相手ペアに軍配があがり、
富里南中は2回戦突破はなりませんでしたが、
ベンチ入り全員が試合をできたうえ、
第2シード校と対戦できたのは収穫でしょう 

さて、富里エースの富里中ですが、
初戦(2回戦)では勝ち上がってきた
七次台(ななつぎだい)中に1つ落としましたが、
3回戦では強豪の成田西中を
1番、2番の連続勝利で勝ち上がりました。

その2番戦では、G1-1からの3ゲーム目が
デュースの連続で長い長いゲームとなりましたが、
よくサーブを入れてピンチを何度もしのぎ、
結局P13-11で取るという事もありました。
5G制の試合なので、3ゲーム目だけで
1試合以上の総得点ですね 

4回戦はベスト4決めの一戦で、
これに勝利すると6月の県団体選手権へ
駒を進める事ができます。

対戦相手は印西市の木刈中で、この地域は最近
強い選手が多く出ていて全体的にレベルが高く、
2回戦で富里南中が敗れた滝野中の同じ地域。

1番戦は先ほど長大なデュースゲームを制したペアで
競った展開になっていたところ、
隣のコートが空いて2面展開となりました。

1番戦が惜しくも敗戦となって3番戦がスタートし、
しかし、ほどなく2番戦も敗戦となってしまい、
3番戦は途中で打ち切りとなってしまいました 

天気予報では翌日が雨天の予報という事もあり、
スピーディな進行で決勝戦まで進み、
第1シードの吾妻中と第2シードの滝野中との
決勝戦は3面展開で実施されました。

同時スタートですので、1番2番と呼んでいいのか
何とも微妙なところですが、順番的には
3番、2番と吾妻中ペアが勝利を収め
1番を打ち切りで優勝が決まりました。
おめでとうございます 

ベスト4には印旛中と木刈中が入り、
印西市からは滝野中、印旛中、木刈中と
3校が県団体選手権への出場を決めました

3校とも北総鉄道北総線(京成成田空港線)の
沿線に広がるニュータウン地区にあって、
最近はぐんぐん人口が増えている地域でもあり、
部員の数も多いと聞いています。

それだけでなく、顧問の先生や
外部で指導されている方の熱意が
この地域のレベルを押し上げていると思います。

それと、練習時間も少し影響しているかも知れません。
もちろん、平日2時間、土日3時間の週休2日は
どの学校も同じなのですが、様々に工夫されて
少しでも多くボールを打つ時間を獲得して
強くなると更に強くなる相乗効果も出ていると感じます。

本大会の結果です。
002
県団体選手権へご出場される
4校の大活躍を期待しています 


さて、訃報に接しましたので、
こちらでもご報告させて頂きます。

去る3月25日、千葉県ソフトテニス連盟の
小脇 静 副理事長が逝去されました。(享年59歳)

私などは県連盟の役員の方々とは
立場が全く違ううえ、一緒に何かをする立場でもなく、
更に私自身は競技実績もゼロですけど、
そんな私のような者でも試合会場で見付けると、
小脇さんは「こんちは」とお声を掛けてくれるのです。

ボールメーカーでもある昭和ゴムに長らく在籍され、
さらに千葉県連の役員、昭和女子短大の監督と
競技実績以外にも多大なる功績を残されました。

そういえば、お通夜から帰って
ナイター練習している知り合いのところへ行くと、
ちょうどこの4月から昭和女子短大で
ソフトテニス部へ進まれる選手が来ていました。

私などは、直接お声を掛けて頂くずっと前に、
ソフトテニスマガジンでお名前を知ったくらいで、
とてもお話しをするような関係にはないのですが、
昨年8月のJSPOコーチ1の研修の際にも
私ごときの身体を気遣って下さったり、
的を射ない質問にも笑顔でお答え下さったりと
いつもお目にかかった時には
氏の温かさが伝わってくるのがハッキリ判りました。

あと数週間で氏は60歳をお迎えになる筈でしたので、
実は不肖の手前とは昭和40年生の同い歳。

お互いに今年は還暦を迎える、とし男だったのも
僅かばかりのご縁だったのかも知れません。

003
お通夜の席で流されていたフィルム。
そう、肩をポンと叩かれて振り向くと
こんな感じで「こんちは」って。

そうは長くない頃合いで、
私もそちらへ伺う事になると思いますが、
ソフトテニス人の末席に加わる事は
到底出来そうにありませんので、
道に迷っているところを見付けて頂けたなら
どうか肩をポンと叩いて下さい。
お疲れ様でした。

では、また~




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