こんばんは
朝晩は10度を下回る事もでてきて
いよいよ冬到来ですね
コロナ禍については、10月の下旬から
感染者数が増大していて、
政府が打ち出したGo to 事業を
中断するなどの見直しが図られています。
あくまでも素人の感覚ですが、
旅行などで全国に感染が拡大した
という側面もあるのでしょうけど、
気温が下がった事が
大きく影響を与えているような
そんな気がします。
気温が下がった事によって、
室内にいる時間が増えた事、
室内の密閉度が上がってしまった事、
そして、ウィルス自体が
寒さと乾燥を得意としている事。
そう考えると、窓を全開にしていても
気持ちの良い時期が
なんと快適だった事か・・・・
ソフトテニスの大会については、
なんとか開催するという方向が
大多数を占めてきた印象ですが、
観戦については、対応が分かれますねぇ。
千葉県の高体連ソフトテニス専門部では、
今月19日(土)に船橋市民体育館で
開催されるインドア大会(団体戦)において、
出場校の部員全員と各校保護者8名の
入場をみとめて下さり、
とっても大きな前進と歓迎しています
ただ、他の地域の事ではありますが、
高体連のHPで保護者の観戦と入場を
お断りする旨の記載が掲載され、
それは仕方のない事と思いますが、
保護者の観戦が発覚して、
悪質と判断された場合は
子供のチームを失格させる事も
あり得るとまで記載されていました
地域によって事情が異なりますから、
そうでも言わないと無観客が
保てないのかも知れませんが、
保護者が観戦すると子供のチームの
失格につながるとは・・・・
手持ちのハンドブックを何度か
読み返してみましたが、
当然ですが保護者が観戦すると
子供のチームが失格という規程は
ありません。
団体戦ですから、選手(ペア)が
失格となってしまうと、
チーム全体が失格になる事は
ルールにも明記されています。
そもそも、
親に問題点があったとして、
それが子に及ぶとはねぇ。
こういうのが差別の温床にもなり、
固く戒めたい考え方だと
教えるところが学校ではないかと
そんなふうにも思います
お気持ちはわかりますが、
なにゆえに保護者が観戦しない事が
新型コロナ感染予防対策になるのか、
文書で具体的に丁寧に説明すべきで、
それを読んだ保護者が納得され、
むしろ自発的に観戦しない事を
選択するようにしたいところです。
当然、具体的な感染事例や
ある程度の根拠は必要でしょうし、
保護者の心に訴える文章力も
必要になると思います。
とにかく、具体的な説明をせずに
「わかって下さい」は、
もはやトラブルの原因です。
そうした具体的な説明をした上で、
本大会については
保護者も子供のチームの
一員とみなすと明記し、
保護者の無観戦・非入場を
出場規定の1つとして
大会要項に盛り込んでおけば、
レフェリー判断で
失格を宣告できると思います。
(これもどうかとは思いますが
)
まぁ、他の地域の事ですし、
ソフトテニス村の地べたを
這いつくばっている害虫の私が
偉そうな事を言っては
いけないんだろうと思いますが、
「あの文章」を読んだ選手は、
なるほど脅しとはこうするのかと
学んでしまったかも知れません
「これ以上、手向かいするなら
わっぱの命がどうなっても知らんぞ
」
私の大好きな時代劇では
よく出てくる場面で、
潜んでいたお庭番衆が
子供を人質にしている悪者に
手裏剣を投じて窮地を脱する
というのが定番なんですけどね
話しはガラッと変わりますが、
最新号のソフトテニスマガジンに
故 藪崎達規 選手(先生)の記事が
掲載されていました。
本文では、「成田東高校では
インターハイ準優勝」と
記載されていましたが、
これは記載ミスで、
正確には成東(なるとう)高校です。
※成田東高校は実在しません
成東高校は山武市(旧成東町)にあり、
その地域のナンバーワン進学校で、
同校を卒業された指導者は
とっても多くいらっしゃいます。
成東高校では1つ先輩となる
若梅明彦選手(先生)とペアを組まれ、
進学先の中京大(愛知県)でも
お二人でペアを組まれて大活躍
実は、ウチの愚息(長男)も
中京大の後輩の末席を汚しており、
私自身は高校生の頃に、
藪崎選手のお名前は、
よく耳にしていましたが、
プレーを観させて頂いた事は
一度もありませんでした。
それを、今回は藪崎選手の
連続写真を拝見する事ができ、
幸せな一時を頂きました。
この記事を執筆された、
小峯秋二先生とは
全く面識はありませんが、
氏とペアを組まれて
天皇杯を2回優勝された
浅川陽介さんとは
若干の面識があります。

(2010年2月 浅川杯での写真)
ちっこいのが次男です
浅川さんは当時、
都内の専門学校の講師と
同校のソフトテニス部の
監督をされていて、
1ヶ月に1度くらいの割合で、
ご自身のお名前を冠した
「浅川杯」を開催されていました。
千葉県の市川市内のコートで
開催されていた「浅川杯」には
何度か出場させていただき、
愚息ペアは色んなアドバイスを頂き、
その都度、成長したように思えます。
「浅川杯」はその後、
「HYオープン」と名を変え、
前出の写真から2年後の
愚息(長男)が高校3年生の2月には、
「HYシングルス大会」に出場し
篠原秀典選手、松本佳史選手に
準々決勝、準決勝で勝たせて頂き、
決勝戦で菅野創世選手と
戦わせて頂くという、高校生には破格の
幸せな時間を過ごさせていただきました。
篠原選手と菅野選手は
いずれも天皇杯の覇者で、
全日本シングルスの覇者ですし、
松本選手も学生シングルスを制するなど、
ソフトテニスマガジンに
カラー写真で掲載されている方ばかり
愚息も約3ヶ月あまり、
練習量を一気にあげて
シンスプリント寸前まで追い込んで
試合に臨みましたが、
望外の結果に驚くばかりでした
決勝戦は、1セット7Gの3セット制で、
2-④、2-④のストレート負け
だった事はハッキリと覚えています。
そう言えば、藪崎先生の記事にて
千葉県の国体チーム監督として
お名前があがっていた
故 藤原先生(千葉県理事長)

これは、愚息ペアが高校1年生の時、
夏休みの「第7回きらめき大会」で
優勝させて頂いた時の写真です。
表彰状を渡して下さっている
背中の御仁が藤原先生。
ちなみに二人の後方に見えるのが
準優勝の青蔭・山口ペア(松戸五中)で、
この大会の2週間ほど前に
全国中学校大会で優勝されたばかり
そして、この時の大会は、
中学日本一ペアの凱旋大会となり、
高校生ペアを次々に撃破し、
決勝戦の相手が県内でも無名の
愚息ペアでした
藤原先生も中京大の大先輩で、
確か大学のソフトテニス部の
OB・OG会長もされていて、
もはや先輩とお呼びするのも
失礼なくらいです。
愚息が中京大の門をくぐった後、
時々、千葉県内の試合会場で
藤原先生にお目にかかると
「息子、がんばってますよ」と
お声をかけて頂き、
とても嬉しかった事を思い出します。
愚息が高校に入学するのと同時に
現在の顧問の先生が
高校に赴任されたのですが、
師も中京大のご出身で、
愚息が同じ大学への進学を目指したのも
偶然ではないと思います。

2009年 きらめき大会
ね、寝るなっ
この頃、夏休みは練習漬けで
肌は日焼けというより
焦げていました。国籍不明

この時は、2年生が2名、
1年生が愚息ペアを含めて
9名という弱小校。
今では、誰もが知る強豪校となり、
愚息どもが卒業校を名乗ろうものなら
「アンタらが? 嘘でしょ?」と
学歴詐称の疑いの目が内外から
向けられる事は間違いなく、
失礼になるとしか思えませんので、
とても卒業生とは名乗れません
(失礼でない卒業生も大勢います
)
そう言えば、卒業校を名乗ったら
「じゃぁ、強いんですね?」と
言われた事もあったなぁ。
今とは違うんだっつぅの
以前にも書いた事がありますが、
亡き妻の出身高校なんかは
校名も一部変更されたうえ、
猛烈な進学校に様変わりして、
こちらは新しい校名で
卒業生を名乗らぬようにと
通達がきていましたっけ
なので、誰かに聞かれた時は
2人とも富里中学校出身ですと
お答えするようにしています
富里中を軽んじている
わけではありませんよ。
お似合いなのです

今でも、ときどき、
2人の試合を観たいと
言って下さる方々がいて、
いくつかの試合の様子を
ブルーレイに焼いて
お渡ししたりしています。
トップ選手や有名選手の動画も
いくらでもある世の中なのに、
ありがたい事だと思っています。
では、また~
朝晩は10度を下回る事もでてきて
いよいよ冬到来ですね
コロナ禍については、10月の下旬から
感染者数が増大していて、
政府が打ち出したGo to 事業を
中断するなどの見直しが図られています。
あくまでも素人の感覚ですが、
旅行などで全国に感染が拡大した
という側面もあるのでしょうけど、
気温が下がった事が
大きく影響を与えているような
そんな気がします。
気温が下がった事によって、
室内にいる時間が増えた事、
室内の密閉度が上がってしまった事、
そして、ウィルス自体が
寒さと乾燥を得意としている事。
そう考えると、窓を全開にしていても
気持ちの良い時期が
なんと快適だった事か・・・・
ソフトテニスの大会については、
なんとか開催するという方向が
大多数を占めてきた印象ですが、
観戦については、対応が分かれますねぇ。
千葉県の高体連ソフトテニス専門部では、
今月19日(土)に船橋市民体育館で
開催されるインドア大会(団体戦)において、
出場校の部員全員と各校保護者8名の
入場をみとめて下さり、
とっても大きな前進と歓迎しています
ただ、他の地域の事ではありますが、
高体連のHPで保護者の観戦と入場を
お断りする旨の記載が掲載され、
それは仕方のない事と思いますが、
保護者の観戦が発覚して、
悪質と判断された場合は
子供のチームを失格させる事も
あり得るとまで記載されていました
地域によって事情が異なりますから、
そうでも言わないと無観客が
保てないのかも知れませんが、
保護者が観戦すると子供のチームの
失格につながるとは・・・・
手持ちのハンドブックを何度か
読み返してみましたが、
当然ですが保護者が観戦すると
子供のチームが失格という規程は
ありません。
団体戦ですから、選手(ペア)が
失格となってしまうと、
チーム全体が失格になる事は
ルールにも明記されています。
そもそも、
親に問題点があったとして、
それが子に及ぶとはねぇ。
こういうのが差別の温床にもなり、
固く戒めたい考え方だと
教えるところが学校ではないかと
そんなふうにも思います
お気持ちはわかりますが、
なにゆえに保護者が観戦しない事が
新型コロナ感染予防対策になるのか、
文書で具体的に丁寧に説明すべきで、
それを読んだ保護者が納得され、
むしろ自発的に観戦しない事を
選択するようにしたいところです。
当然、具体的な感染事例や
ある程度の根拠は必要でしょうし、
保護者の心に訴える文章力も
必要になると思います。
とにかく、具体的な説明をせずに
「わかって下さい」は、
もはやトラブルの原因です。
そうした具体的な説明をした上で、
本大会については
保護者も子供のチームの
一員とみなすと明記し、
保護者の無観戦・非入場を
出場規定の1つとして
大会要項に盛り込んでおけば、
レフェリー判断で
失格を宣告できると思います。
(これもどうかとは思いますが
まぁ、他の地域の事ですし、
ソフトテニス村の地べたを
這いつくばっている害虫の私が
偉そうな事を言っては
いけないんだろうと思いますが、
「あの文章」を読んだ選手は、
なるほど脅しとはこうするのかと
学んでしまったかも知れません
「これ以上、手向かいするなら
わっぱの命がどうなっても知らんぞ
私の大好きな時代劇では
よく出てくる場面で、
潜んでいたお庭番衆が
子供を人質にしている悪者に
手裏剣を投じて窮地を脱する
というのが定番なんですけどね
話しはガラッと変わりますが、
最新号のソフトテニスマガジンに
故 藪崎達規 選手(先生)の記事が
掲載されていました。
本文では、「成田東高校では
インターハイ準優勝」と
記載されていましたが、
これは記載ミスで、
正確には成東(なるとう)高校です。
※成田東高校は実在しません
成東高校は山武市(旧成東町)にあり、
その地域のナンバーワン進学校で、
同校を卒業された指導者は
とっても多くいらっしゃいます。
成東高校では1つ先輩となる
若梅明彦選手(先生)とペアを組まれ、
進学先の中京大(愛知県)でも
お二人でペアを組まれて大活躍
実は、ウチの愚息(長男)も
中京大の後輩の末席を汚しており、
私自身は高校生の頃に、
藪崎選手のお名前は、
よく耳にしていましたが、
プレーを観させて頂いた事は
一度もありませんでした。
それを、今回は藪崎選手の
連続写真を拝見する事ができ、
幸せな一時を頂きました。
この記事を執筆された、
小峯秋二先生とは
全く面識はありませんが、
氏とペアを組まれて
天皇杯を2回優勝された
浅川陽介さんとは
若干の面識があります。

(2010年2月 浅川杯での写真)
ちっこいのが次男です
浅川さんは当時、
都内の専門学校の講師と
同校のソフトテニス部の
監督をされていて、
1ヶ月に1度くらいの割合で、
ご自身のお名前を冠した
「浅川杯」を開催されていました。
千葉県の市川市内のコートで
開催されていた「浅川杯」には
何度か出場させていただき、
愚息ペアは色んなアドバイスを頂き、
その都度、成長したように思えます。
「浅川杯」はその後、
「HYオープン」と名を変え、
前出の写真から2年後の
愚息(長男)が高校3年生の2月には、
「HYシングルス大会」に出場し
篠原秀典選手、松本佳史選手に
準々決勝、準決勝で勝たせて頂き、
決勝戦で菅野創世選手と
戦わせて頂くという、高校生には破格の
幸せな時間を過ごさせていただきました。
篠原選手と菅野選手は
いずれも天皇杯の覇者で、
全日本シングルスの覇者ですし、
松本選手も学生シングルスを制するなど、
ソフトテニスマガジンに
カラー写真で掲載されている方ばかり
愚息も約3ヶ月あまり、
練習量を一気にあげて
シンスプリント寸前まで追い込んで
試合に臨みましたが、
望外の結果に驚くばかりでした
決勝戦は、1セット7Gの3セット制で、
2-④、2-④のストレート負け
だった事はハッキリと覚えています。
そう言えば、藪崎先生の記事にて
千葉県の国体チーム監督として
お名前があがっていた
故 藤原先生(千葉県理事長)

これは、愚息ペアが高校1年生の時、
夏休みの「第7回きらめき大会」で
優勝させて頂いた時の写真です。
表彰状を渡して下さっている
背中の御仁が藤原先生。
ちなみに二人の後方に見えるのが
準優勝の青蔭・山口ペア(松戸五中)で、
この大会の2週間ほど前に
全国中学校大会で優勝されたばかり
そして、この時の大会は、
中学日本一ペアの凱旋大会となり、
高校生ペアを次々に撃破し、
決勝戦の相手が県内でも無名の
愚息ペアでした
藤原先生も中京大の大先輩で、
確か大学のソフトテニス部の
OB・OG会長もされていて、
もはや先輩とお呼びするのも
失礼なくらいです。
愚息が中京大の門をくぐった後、
時々、千葉県内の試合会場で
藤原先生にお目にかかると
「息子、がんばってますよ」と
お声をかけて頂き、
とても嬉しかった事を思い出します。
愚息が高校に入学するのと同時に
現在の顧問の先生が
高校に赴任されたのですが、
師も中京大のご出身で、
愚息が同じ大学への進学を目指したのも
偶然ではないと思います。

2009年 きらめき大会
ね、寝るなっ

この頃、夏休みは練習漬けで
肌は日焼けというより
焦げていました。国籍不明

この時は、2年生が2名、
1年生が愚息ペアを含めて
9名という弱小校。
今では、誰もが知る強豪校となり、
愚息どもが卒業校を名乗ろうものなら
「アンタらが? 嘘でしょ?」と
学歴詐称の疑いの目が内外から
向けられる事は間違いなく、
失礼になるとしか思えませんので、
とても卒業生とは名乗れません
(失礼でない卒業生も大勢います
そう言えば、卒業校を名乗ったら
「じゃぁ、強いんですね?」と
言われた事もあったなぁ。
今とは違うんだっつぅの
以前にも書いた事がありますが、
亡き妻の出身高校なんかは
校名も一部変更されたうえ、
猛烈な進学校に様変わりして、
こちらは新しい校名で
卒業生を名乗らぬようにと
通達がきていましたっけ
なので、誰かに聞かれた時は
2人とも富里中学校出身ですと
お答えするようにしています
富里中を軽んじている
わけではありませんよ。
お似合いなのです

今でも、ときどき、
2人の試合を観たいと
言って下さる方々がいて、
いくつかの試合の様子を
ブルーレイに焼いて
お渡ししたりしています。
トップ選手や有名選手の動画も
いくらでもある世の中なのに、
ありがたい事だと思っています。
では、また~