こんばんは 
うーん、いきなりですが、
本日、東京、千葉、神奈川、埼玉の
1都3県の緊急事態宣言が
3月21日まで延長となりました 

こうなると、4都県では
中高生の部活動にも
影響が出るのではないかと
心配しています。

ただ、3月末の全国高校選抜大会は、
従来通りのインドア環境で
実施される事が発表され、
様々な方が祝意を表しているようです。

私も、中止に比べれば、
開催の方が断然良いのですが、
私は前回の緊急事態宣言開けから
中高生の大会では無観客を
スタンダードにしては
いけないと思っており、
とりわけ保護者の観戦は
欠かせないと考えています。

どうせ、大物さんや大御所さん、
責任の有る方々が
こんな末端の泡沫ブログを
ご覧になる筈も無いので、
何度でも書いちゃいますけど、
新型コロナに対して、
私たちは2つの武器を持っており、
1つは外気流(屋外環境)、
もう1つは日光(紫外線)で、
なんと2つとも無料です。
屋外コートならね。

小池都知事が硬式テニスの
全豪オープンのコロナ対策を
褒め称えていましたけど、
選手には厳し過ぎて
少し不評の部分もありました。

ただ、テレビの番組の中で
インタビューを受けた
一般のテニス愛好者が、
全豪の措置について
一人のテニス愛好者として
誇りを持てると話していたのが
とっても印象的でした。

屋根開閉式で、すり鉢型スタジアムの
ロッド・レーバー・アリーナですが、
女子の決勝戦では
風でトスが流れたり、
「なおみちゃん」の髪が
たなびいていましたけど、
あの気流でもって呼気に含まれた
飛沫やマイクロ飛沫は
あっという間に
無尽蔵の大気に拡散し、
コートに落ちたウィルスも
紫外線が当たれば
数分程度で死滅し、
再び巻き上げられて
吸い込んでしまう心配は無いそうです。

高校選抜大会を従来通り
インドア環境で開催する心配は、
他にもあります。

バスケットボールの
甲子園とも言われている
クリスマスカップの直前、
出場校同士が練習試合をして、
感染の拡大を招いてしまい、
出場予定の男子2、女子1チーム、
感染校の体操部が、
全国大会の出場を
辞退する事になったのは
記憶に新しいところです。

全国選抜大会が
従来通りのインドア環境で
実施される事が決まり、
多くの出場校ではインドア練習を続け、
今まで通りだとすると、
出場校は1~2週間前から
出場校同士や友好校で
体育館を借りて
練習試合をしたりすると思いますが、
慎重に実施する必要がありそうです。

もう、今年度は無理なのでしょうけど、
3月の全国選抜大会を
屋外コートで実施すると
前年の9月頃に発表できたら、
降雪・凍結地区を除いて
わざわざインドアコートで
予選大会(下部大会)を実施する事もなく、
それだけでも多くの選手や関係者を
感染の危険から遠ざけ、
ひいては観客の観戦も叶うと思います。

ちょうど本日、政府の分科会の
尾身会長は、仮に今年の12月頃までに
全人口の6~7割がワクチンを接種しても
終息には至らないだろうと発表しました。

WHOが終息宣言を出すまでは、
3月の選抜大会を屋外でやってほしいなぁ。
他のインドア大会も、
規模が大きい大会ほど
いち早く屋外コートでの開催を決めてほしい。

それで、多くの選手や顧問の先生方、
チームの関係者などが
インドア環境での練習等を避けられます。

いかがですか、高体連様!主催者様!
といっても、聞く耳持たずか 

よく、感謝の気持ちを持とうと
ご指導されていると思いますが、
「ソフトテニスは屋外で出来る」ことに
特大の感謝をしてみてはどうでしょう 

インドアスポーツや武道の選手からは
きっと羨ましいと思われていますよ 
なのに・・・・・

まぁ、私のようなクズの意見を
虚心にお聞き頂く事は無理だろうけど、
末端の会員でもソフトテニスに
誇りを持てるようにしてほしいのは事実で、
何でわざわざ体育館で?と
他の競技の選手から言われるようでは
誇りなんか持てません。

確実な全員検査もしないのに、
体温測定と問診だけで
インドア環境に優秀な選手や
指導者や関係者を
集めるのではねぇ 

今日は、ちょっと物語を書いてみました。
ブログに書くには長文ですので、
お気を付け下さい。

物語は、当たり前ですがフィクションです。
事実ではありません。

ここから下部の
茶色文字で書かれた部分は
フィクションの物語です。

鈴木綾子は、
高校2年生の娘の望(のぞみ)からの
『行ってきま~す』というメールに、
『楽しんでおいで』と返信した。

山間の地方町で生まれた望。
役場に勤務する昭夫と
25歳の時に結婚した綾子にとって、
10年目でようやく授かった待望の命で、
綾子は男女どちらであっても
『望』と名付ける事を決めていた。

結局、昭夫と綾子には
子供は望だけだったが、
望は大病する事もなく
すくすくと育ってくれた。

とりわけ、近所の友達に誘われて
小学校2年生の時から始めた
ソフトテニスでは、
めきめきと腕を上げ、
小学生と中学生の時には
県大会で優勝し、
全国大会でも上位に入るほどだった。

望は全国屈指の
強豪女子高校の門を叩き、
高校入学後は親元を離れて
学校の寮で生活するようになった。

高校2年生の望にとって、
新型コロナウィルスによる影響は
とても大きなものだったが、
インドア全国大会への出場を決め、
大会当日に『行ってきま~す』と
母にメールしてきたのであった。

望の試合となれば、
どんなに遠方でも駆けつけた綾子だが、
無観客の大会では諦めるしかなった。

大会では準決勝で敗退したものの、
望の大活躍の一報は、
応援に駆けつけられなかった
昭夫と綾子を喜ばすには十分だった。

4月に入り、大会を終えた5日後、
望から「大変!」とメールがあった。

何を食べても味がしないし、
臭いも全く感じないというのだ。

体温も38度近くまで上がり、
学校を休んで病院へ行くという事であった。

知らせを聞いた綾子は、
自分を落ち着かせるのに苦労したが、
望から「コロナにかかっちゃった」
という明るいメールで
むしろ冷静になれた。

ソフトテニス部顧問の
渡辺からも連絡があって、
同じインドア大会に
出場した同校の選手2名も
新型コロナに感染し、望とあわせて
3名が入院したという事であった。

また、同じインドア大会に出場した
複数の選手も感染したらしい
という事であったが、
テレビでは報道されていなかった。

綾子は、すぐにでも駆けつけたかったが、
入院先の病院では感染拡大防止のため
患者との面会は一切禁止されていて、
望と会う事は出来ないという事だったので、
自宅で回復の連絡を待つ事になった。

しかし、入院してから6日後には
胸が痛くて咳が出るとメールがあり、
10日後には顧問の渡辺から
肺炎症状が悪化して中等症病床へ
移されたようだと連絡があった。

望からは、「心配しなくても大丈夫」と
母の綾子を気遣うメールが届いたが、
病床を移ってから3日後の夜中に、
渡辺から望の容体が急変して
ICUへ移されたという連絡が入り、
医師が説明するそうなので
病院へ来てほしいとの事であった。

綾子は、望から新型コロナウィルスに
感染したというメールを受け取ったあと、
自分なりに色々と調べてみたが、
10歳台の患者が重症化するのは希で、
死亡例は国内では1例も無いと知り、
一安心していたところへの
思いがけない容体急変の一報だった。

綾子は手早く用意をすると、
不安に背中を押されて自宅を出発し、
車を数時間ぶっ通しで走らせて、
翌朝には望の入院する病院に到着した。



医師の杉町は困惑していた。
望の検査数値が良くないからで、
これが高齢の患者ならともかく、
17歳の高校2年生となると、
いくら調べても先例が無く、
杉町を困らせていた。

そこへ、望の母親である
綾子が到着しと聞き、
杉町は綾子と面談して
望の病状について説明をした。

綾子からは、
「未成年は重症化しないのでは?」
とストレートに尋ねられたが、
杉町は、海外では少数ながら重症例が
報告されていると回答しただけで、
どうして?という質問の主旨には
明確に回答する事が出来なかった。

とにかく、特効薬が無い以上、
症状に対処した最善策を取るしかなく、
杉町は綾子との面談の最後に
最善を尽くすと結んだが、
出来れば症状の目処が立つまで、
近くに滞在してほしいと伝えた。



綾子は、病院を出た後、
久しぶりに娘の高校を訪問し、
顧問の渡辺だけでなく
担任の近藤とも面談し、
途中から校長の芹沢も加わったが、
誰もが口数が少なく、
思いも寄らない事態に
明るい話題につながらず、
重々しい雰囲気だった。

綾子は、病院から車で20分くらいの所の
ビジネスホテルに宿を取って、
夫の昭夫に望の病状などを伝えたが、
よくわからない事だらけで、
説明なのか愚痴なのか
整理がつかなかったが、
それを察してか
昭夫は綾子の話しを
一方的に聞き終え、
「わかった」とだけ言い、
綾子に十分に休むように言った。



望がICUに移されてから6日後、
午後10時を回った頃に
綾子の携帯電話に病院から連絡が入る。

病院からは毎日のように連絡があって、
あまり明るい情報は得られなかったが、
こんな時刻に連絡があるのは
今までなかった。

絶対に良くない連絡だと直感したが、
それを振り払うように、
明るく「はい、鈴木です」と
妙に大きな声で応答した。

しかし、綾子の直感とおり、
望の容体が良くないので、
すぐに病院へ来てほしいとの事であり、
電話を切った綾子は
「のぞみ、頑張れ!」とつぶやいて
ビジネスホテルを後にした。

病院へ到着すると、
担当医の杉町だけでなく
もう一人の医師も同席したが、
杉町の口から出た言葉は、
「お母さん、とても厳しい話しにります」
という出だしで、
それを聞いただけで、
綾子は呼吸が出来ないくらい
胸が締め付けられた。

すでに望の容体は
人工呼吸器によってのみ
生命が維持されている状態で、
一目だけでも会わせてほしいという
綾子のたっての要望に、
もう一人の男性医師が口を開き、
「お母さんお一人だけ、
一度だけなら対応させて頂きます」
という事であった。

綾子は看護師さんに
防護服や防護マスクを付けてもらい、
ICUのベッドで寝ている
望のすぐ近くまで案内されたが、
顔や手を触る事は許されなかった。

まるで苦しんでいない、
すやすやと寝ているだけの望は、
今にも「う~ん」と伸びをして
起き上がるのではないかと
綾子は思った。

防護マスクとゴーグルのせいで、
綾子は流れ出す涙を拭けなかったが
目をしっかり開けて
望の姿を焼き付けようとした。

短い面会が終わりを告げたあと
杉町から望に取り付けられている
人工呼吸器を取り外してよいか?
という質問があったが、
綾子は夫と相談させてほしいと
声を絞り出すのが精一杯だった。

深夜の綾子の耳を疑う知らせに
昭夫は絶句したが、
電話の向こうで泣きじゃくる綾子に
「もう楽にさせてあげよう」と伝え、
人工呼吸器の取り外しに同意した。

綾子は医師の杉町に
母として同意できない同意を伝え、
すぐに望の身体につながれてた
無数の「線」が取り外された。



校長の芹沢は、
望がICUに移されてから、
ほとんど食事が喉を通らず、
寝られない日が続いていた。

午前1時を過ぎようかという時刻に
芹沢の携帯電話に
ソフトテニス部顧問の
渡辺から連絡が入った。

芹沢もまた、時刻や発信者から
望の身の上に良くない事が
起きたのではないかと直感したが、
果たして渡辺の連絡は、
望の死を伝える大凶報であった。

朝から緊急職員会議を開く事を伝え、
芹沢は渡辺との通話を終えたが、
妻に「一人にさせてほしい」と伝え、
自分の書斎へ向かった。

妻は夫の憔悴ぶりに
あらぬ不安が頭をよぎったが、
芹沢は妻の心配を悟って、
「軽はずみな事はしないよ」と言って、
自分の書斎へと入っていった。

翌朝、書斎から出てきた芹沢を見て
妻は声を失った。

敬虔なクリスチャンでもある芹沢は、
白髪交じりを七三に分けていたが、
書斎から出てきた芹沢の毛髪は
もはや白髪交じりとは言えなかった。



友人に車で新幹線の駅まで送ってもらい、
新幹線を乗り継いで
昭夫が到着したのはお昼過ぎだった。

昭夫も一目だけでも要望したが、
望は既に納体袋にしまわれ
午後2時頃には火葬されるとの事だった。

火葬の直前、棺の脇までは行けたが、
棺を開けて顔を見るという事は許されず、
火葬後も係員が所定の方法で
進める事になっているという事で、
午後3時過ぎには、
望の骨が入った小さな箱を
手順通りに手渡された。

顧問の渡辺からは、
火葬後に必ず学校へ
立ち寄ってほしいと言われていたので、
綾子の車を昭夫が運転して
午後4時頃に学校へ到着した。



学校の正門から入ると、
長い通路の両脇に
桜が植えられていて
鮮やかな白桃色が眩しかった。

通路の脇には望が毎日、
練習していたコートも見えた。

昭夫と綾子、望を乗せた車が
正面玄関前の車止めに到着すると、
連絡を受けていた
校長の芹沢をはじめ
顧問の渡辺、担任の近藤や
ソフトテニス部員たちが
出迎えに並んでいた。

昭夫が運転席から降車し、
助手席のドアを外から開けて
綾子から望を受け取り、
望を抱えた昭夫の隣に
綾子が並んだところで
二人は頭を下げた。

「のぞみ、おかえり!」
仲の良かった
杉山陽加里(ひかり)の声が響くと、
部員たちが望の前に集まってきたが、
誰もが顔をくしゃくしゃにして
ハンカチを目に当てていた。

「お母さん、これ」
寮で望と同室だった
高橋小珠(こだま)が
目を真っ赤にして
しゃくり上げながら
緑色の小さな封筒を
綾子に差し出した。
「こだまちゃん・・・・」

望(のぞみ)、陽加里(ひかり)、
そして小珠(こだま)の三人で、
新幹線娘だなんて言って、
名前の通りに
望が一番足が速く、
小珠が一番おっとりしていた。

一方で、小珠が一番落ち着いていて
試合の時もあまり喜怒哀楽を表に出さず、
綾子は感心していたものだったが、
その小珠がしゃくり上げているのを見て
「こだまちゃん」と口をついたのだ。



小珠が差し出した封筒は
紛れもない望の文字で
「お父さん、お母さんへ」と
表書きがあった。

小珠は、望から自分の身に
何かあったら机の2番目の引き出しに
緑の封筒があるから、
それを両親に渡してほしいと
言われていた事を思い出して、
約束を果たしたのだった。

その時、白髪の老人が
よろよろと近づいて来たが、
それが校長の芹沢だと気付くのに
少し時間を要するくらい
芹沢の姿は痛々しかった。

「このたびは、私がお嬢様を、
望さんを大会に送り出してしまい・・・」

いつもなら温厚な性格をよく表し、
穏やかな声で話す芹沢だったが、
声はひっくり返り、
その後を続ける事ができなかった。

声を上げて嗚咽し、
ガクッと膝を落として
両手で顔を覆った芹沢を、
顧問の渡辺や部員が支えた。

綾子は、「校長先生、
のぞみは絶対に先生を恨んではいません。
どうかご自身を責めたりしないで下さい」
と芹沢に伝えた。

何人か出てきていた教員が、
芹沢を両側から支えて
校舎へ戻っていった。

ふと、綾子は望が
自分と夫に宛てた手紙が気になり、
それを開けて読む事にした。

書かれている事柄によっては、
部員のみんなにも
読み聞かせて良いと思えたからだ。

文字は、あまり多くなかった。
一読した綾子が
「これ、読むね」と言うと、
サーブを打つ直前のように
しんと静まった。

「お父さん、お母さんへ
これを読んでるって事は、
もしかして、わたし死んじゃったかな?

事故か病気かわからないけど、
最期に何も言えずに
お別れするのは嫌だから、
中学2年生の時から毎年書いてるんだ。
知らなかったでしょ~

お父さんとお母さんが
わたしを大切にしてくれて
わたしは幸せだったよ。

わたし一人っ子だから、
悲しまないで!って言っても
とっても大変だと思うけど、
わたしは本当に、
本当に幸せだったから、
悲しんでもいいけど
絶対に悔やまないでね!

それから、いつまでも
仲良く楽しく暮らしてね。

すぐに追っかけてきたら、
わたし悲しんじゃうよ!
一人娘を悲しませたら
ダメなんだからね。

ソフトテニス部のみんなへ。

いつも迷惑かけてゴメ~ン。
また、やっちゃったみたい(笑)
今までありがとう。
楽しかった。

みんなが、おばあちゃんに
なるのを見てるからね~
ずっと先で、会おうね!

      鈴木 望 


望からの手紙を読み終え、
ひとしきり部員たちと
お別れを告げたあと、
昭夫と綾子は車に乗り込もうとした。

ひらりと落ちてきた桜の花が、
フロントガラスに落ちて流れた。

「もう桜の散る頃か」
望が大会へ出かけた頃は、
桜がちょうど満開に
なった頃だったっけ。
そう綾子は思った。

昭夫と綾子が車に乗り込み、
車を出発させようとした時、
ふぅっと春風が吹き、
とたんに桜の花びらが
サーッと降ってきた。
別れを惜しむ
たくさんの人の涙のようだった。

走り出した車から、
コートを見た綾子は
ハッとした。

「お父さん、あれ」
綾子の声に昭夫もコートを見た。

いつの頃からか、
コートの望は、
綾子や昭夫の姿を見つけると
ラケットの真ん中辺りを持った手を、
高々と上げて振るのが癖だった。

「ああ、のぞみだ」
二人が小さく頷いたあと、
コートの望が笑って、
桜の雨で見えなくなった。

※以上までの茶色文字の部分は
フィクションです。

2021年3月5日時点で、
日本では20歳未満の人が
新型コロナウィルスによって
死亡されたケースは
ただの1例もありません。

ですが、どうしてそうなのかは
解明されていません。

選手と顧問と関係者の健康を守り、
保護者や仲間の観戦が叶う方法。
それは、屋外コートを使用する事です。

では、また~