こんにちは。

早朝、県高体連のホームページで、
県総体の組み合わせを見ました。

薄々は感じていたものの、「やっぱり」と思いました。
中学1年生から勇弥&雄大でペアを組んできて、
なんだかんだとやってきましたが、
最終最後の一戦で不本意なペア替えとなりました。

5月の関東予選の後、雄大が「勇弥、インターハイ間に合うよ」と
言っていたと事を、雄大のお母様からお聞きし、
これを勇弥に伝え、決意を新たにして取り組んできましたが・・・・



3月の大震災の直後、突然、勇弥のスイングに変調があり、
本人に聞くと、切り返しの瞬間に前腕にビクッと強烈に電気が走り、
自分では意図していないのに手がグイッと掌側へ折れてしまうとの事でした。

それでも、4月の中頃までは、酷いスイングながらも
練習試合をこなしていて、私も技術的な事で解決するような気がしていて、
車のヘッドライトを頼りに、以前にようにひたすら練習しましたが、
4月末頃には症状は悪化して、手首を掌側に曲げたまま
円盤投げのようなスイングでしかボールが打てず、
なんとか打てていたサーブも、ボールを擦るだけで
コントロールは全く利かない状態になってしまいました。

部員のご父母の方からも『醜態』と言われてしまい、
まとも打てないものだから、フットワークなどにも影響が出て、
『足もおかしくなっている』と、次々にご批判を浴びました。

5月に入るとますます症状は悪化し、
あれだけ楽しそうにコートにいる事が大好きだった勇弥が、
打っている姿を人に見せまいと
視線を気にしながらフェンスに張り付いているのを見ると、
神様はどうしてこんなに酷な試練を与えるのだろうと恨みました。

関東予選3日前だというのに、
練習試合前のウォーミングアップの乱打で
フレーム打ちを連発してしまい、結局、練習試合も不参加。

ただ、顧問の先生が大雨の中、2時間も手投げのボールを出し続けてくれて、
なんとか打てる形を見付けて、関東予選に臨みましたが、
無理もしているので、肩や肘には負担がかかっていました。

関東予選では、はやり思うようなスイングは出来ず、
個人戦は3回戦敗退、団体戦では最初の1試合だけ出場しました。

雄大は、ある程度打てていた勇弥を見て
お母様には「インターハイに間に合う」と言ってくれたみたいです。

とはいえ、その後も症状はあまり回復せず、
関東予選翌週の強化練習会の時は、まともに打てなくなってしまい、
さすがの雄大もゲンナリしていました。

この頃から、私もインターネットなどで色々と調べ、
練習を終えると、勇弥を連れてカイロやマッサージと
色々とやってみましたが、なかなか思うようにはいきませんでした。

本人も、自分では意識していないのに、
ボールを打つ直前にギューッと力は入る現象に、
ほとほと困っている様子でしたが、諦めたくはないという意志が伝わってきました。

都内に、こういった症状を治しているという情報を得て、
藁をも掴む気持ちで問い合わせたところ、
「たぶん、治りますよ」という自信に満ちたお答えをお聞きし、
早速、勇弥を連れて行きました。

すると、翌日の練習では、明らかに症状が改善していて、
更に2日後には、国体の前監督もいらしてフォームなどを修正して頂き、
だいぶ打てるようになってきました。

本人も嬉しくなってきたのか、ウチの近所のホテルのコートで
夜間練習をし始めたのですが、サーブについては、どうしても擦り打ちが治らず、
無理に力を込めて打ったら・・・・・

やっと、打てるようになってきたのに、腕を痛めて練習出来ず、
検査の結果では骨や靱帯には異常が無くてホッとしましたが、
貴重な貴重な時間を失ってしまいました。

その間も、夜の東京行きを続け、
先月終わりには傷も癒えて打ち始めたところ、
ストロークのスイングは殆ど症状を感じないという事でした。

足もだいぶ動き始めてきたので、
あとはサーブさえ、もう少しまともなら
ある程度の勝負は出来ると思っていましたが、
結局、サーブが良くならないまま関東大会の団体戦に出場し、
ダブルフォルトで試合終了という最悪の結果に終わりました。

試合中、単純なストロークミスもあり、
顧問の先生からは「一からやり直しですね」と言われ、
ご観戦されていたご父母からも
「勇弥&雄大は終わった」というご感想が聞かれたそうです。

恐らく、顧問の先生は関東大会の団体戦で勇弥&雄大を出場させ、
緊張感の中で勝つ事が出来れば、今後もどうしようかと考えていたらしく、
そこで、勝つ事が出来なかった事で、ペア替えとなったようです。

もっとも、雄大の事を考えればペア替えは当たり前で、
むしろ遅いくらいかも知れません。

勇弥が調子を崩してから、事ある毎に「お前が頑張らなければ」と言われ、
雄大本来の奔放なプレーが出来ず、しかも勇弥が単純なミスを連発するので、
集中して試合に臨めなかったと思います。

前回の記事の通り、奇跡的に勇弥のサーブが一気に回復し、
もともと上手ではありあませんが、関東大会の時のような擦り打ちではなくなり、
信じられませんけどストロークの際の症状も全く出なくなりましたので、
ようやく全てのパーツが出揃ったので、最後の一戦に全てを掛けてやろうという
強い気持ちがありましたが、さすがに顧問の先生も、
最後まで雄大を付き合わせる事は出来ないと判断されたようです。

勇弥が高校ソフトテニス競技の最後の一戦でペアを組むのは2年生前衛のS君です。
彼も苦労を乗り越えて試合に出場するまでになりましたが、
あまり感情を表に出すタイプではない事もあって、
大きな声で気持ちを盛り上げいくタイプの後衛とはややウマが合わない事も。

関東予選の個人戦で惜しくも関東出場を逃した後、
団体戦のメンバーから外れてしまい、
レギュラーメンバーとは行動が別になったものの、
ペアの後衛はレギュラーですので、ペアがいなくなっている状態でした。

という事で、「戦力外」となって大将前衛の雄大から外された勇弥とのペアになったようです。
もっと、盛り上がりのある状態でペアが組めたら良かったのでしょうけど、
なんだか使い古しポンコツが回ってしまったみたいでS君には申し訳ない限りです。

勇弥&雄大の3年生ペアで県総体に出場する場合、
インターハイ出場以外には狙いはありませんが、
これがほぼ絶望的であるなら、次の狙いに変更しなくてはいけません。

2年生以下は、県総体で64本以内なら、秋の新人戦の出場権が得られます。
となると、あえて勇弥と2年生のS君とを組ませた狙いは、
なんとか64本入りを目指して欲しいという事なのだと思います。

発表された組み合わせを見ると、
勇弥ペアの山は難敵・強敵が揃っていて、
ウチの誰かが入るとなれば、勇弥ペアが最適だと思いますので、
顧問の先生も「してやったり」と思われているのではないでしょうか。

勇弥ペアがどこまで出来るかは判りませんけど、
まずは、初戦に勝って目標の64本入りを果たしたいところです。

こういった、アクシデントを克服して乗り越えた選手は強い。
部員のご父母の方からは、そういう励ましの声も掛けて頂きました。

勇弥は今は症状を克服して
ストロークもサーブも以前と同じようにバンバン打ててますので、
もしからしら・・・・

さて、なんだかダラダラと書いてしまいましたが、
「新人戦」や「きらめき大会」など、
いくつもの大会や研修会で優勝する事が出来たのは、
いつも雄大がたくさん点を取ってくれたからです。

雄大の後衛が勇弥ではなくて、他の素晴らしい後衛なら、
どんなに活躍するのだろうと思っていましたが、
ようやく、雄大が活躍出来る場が与えれました。

これから、インターハイ、そして国体へと
雄大がその名の如く大きく羽ばたいていく事を願ってやみません。

薫(亡くなった女房です)も、雄大のプレーが大好きでした。
もちろん、私も大好きです。

今まで、不器用な勇弥とペアを組んでくれて本当にありがとう。
ありがとう、雄大