こんばんは。

今日は3月11日。
昨年の今日、未曾有の大地震が東北・関東を襲い、
信じられない大津波が太平洋岸を襲い、
そして、破壊された原子力発電所の放射能が人々を苦しめています。

あの日、私は自宅内の事務所で書類を作っていましたが、
最初はグラグラという弱い揺れだったのに、すぐに強い揺れに変わり、
一旦下火になったかと思えば再び強い揺れになり、
生まれて初めて地震で家から出ました。

もしかすると、家が倒壊するかと思い、
庭に飼っている犬を放さなくてはと思ったのですが、
庭にでてしばらくフェンスにしがみついていたら、
ようやく揺れが収まりましたが、
こんなに長い時間揺れた地震は初めてでした。

すぐに部屋に戻って、テレビをつけると震源は宮城県沖で、
宮城県内では震度7が観測されているとの事。

私は、すぐにこのブログで地震があった事を書きましたが、
書いているうちに2度目の大きな地震がきました。
ブログアップの時刻は14:53。

2回目の地震も1回目と同じような揺れ方でしたので、
こんどは躊躇なく自宅から出たところ、
ご近所の方も家から出てきていました。

2回目の地震は、1回目の地震ほどではなかったものの、
それでも人生では未経験の大きさの地震でしたが、
ウチはずぼらな備えだったのに、幸いにも被害はなし。
落ちた物もわずかで、何かが壊れたりはしませんでした。

1回目がマグニチュード9.0。
2回目がマグニチュード7.4。
どちらも、大地震ですが、1回目のは世界規模でも
記録的な大地震だという事は、後で分かりました。

2回目の地震が来る前だったのか後だったのかは覚えていませんが、
被災地、特に沿岸部の方にとっては、この後、
考えもしない巨大津波に遭われてしまい・・・・

亡くなった方       
北海道    1人   
青森県    3人
山形県    3人
岩手県 4669人
宮城県 9471人
福島県 1933人
茨城県   24人
千葉県   20人
栃木県    4人
群馬県    1人
東京都    7人
神奈川県   4人
(上記の人数は2月14日現在の人数です)

亡くなった方が、16,140人で、
今もって行方の分からない方が3,123人。

市町村別に亡くなった方の数を見ると、

宮城県石巻市    3182人  (行方不明557人)
岩手県陸前高田市 1555人  (行方不明291人)
宮城県東松山市   1047人 (行方不明  66人)
宮城県気仙沼市   1030人 (行方不明338人)
宮城県名取市     911人 (行方不明 55人)
岩手県釜石市     888人 (行方不明159人)
岩手県大槌町     802人 (行方不明484人)
宮城県仙台市     704人 (行方不明 26人)
宮城県山元町     671人 (行方不明 19人)
福島県南相馬市    631人 (行方不明  7人)
岩手県山田町     604人 (行方不明156人)
宮城県女川町     575人 (行方不明347人)
宮城県南三陸町    565人 (行方不明310人)
福島県相馬市     457人 (行方不明  1人)
岩手県宮古市     420人 (行方不明111人)
岩手県大船渡市    339人 (行方不明 86人)
福島県いわき市    310人 (行方不明 37人)

犠牲者の人数が300名以上の市町村で、こんなにもある。
すべて海沿いの町だから、やはり津波の被害が甚大なんですね。

それに、行方の分からない方が多い地域は、
なにか津波の状態なり地理的なものが影響しているのかな。
少しでも早く見つかって、家族の元へ帰れるといいんだけど・・・・

亡くなった方にも家族がいたでしょうから、
本当につらいお別れをされた方がこんなにもたくさん・・・・
考えるだけで、涙が出てきますね。

まだ、1年そこらでは心の傷は癒えないでしょうけど、
テレビを観ていると、自分を奮い立たせて
前向きに生きていく人がなんと多いことか驚くばかりです。

この時代に生きた一人として、私には一体何が出来るのか。
勇弥や祥吾は、どんな関わりを持っていくのかな。

それとも、全く無関係に生きていくのかもしれませんが、
人の痛みに無関心な生き方だけはしないでほしい。

苦しんでいる人の話を、じっくりと聞く耳を持ってほしい。
「私の方が・・・」 「うちなんか・・・」と
例え実際にそうであっても、
自分はもっと苦労しているというような言い方をする大人には、
どうかならないでほしいと願うばかりです。

ソフトテニスの話しとは無関係の記事になってしまい、
スミマセン