台風が接近中ですねぇ 
どうやら上陸の可能性は低いようですが、
台風の中心から遠く離れていても、
豪雨、強風に見舞われますので、注意が必要ですね。
今日はプロ野球のドラフト会議がおこなわれました。
私は、それほど興味があるわけではないのですが、
たまたまテレビを点けたら、
プロを志望している選手達の物語をやってました。
プロ野球を志望している高校や大学、社会人選手が、
固唾をのんで指名されることを待っている時の心境は、
なかなか大変なものだと思います。
そのテレビ番組で、ある大学生選手がとりあげられていて、
ウチと少し境遇が似ているので、思わず見入ってしまいました。
ご両親と男の子の2人兄弟。 ウチも同じ
そして、奥様が病魔に襲われてしまいます。
病名は 「卵巣がん」
手術をしたものの、再発してしまったそうです。
「がん」という病気にとって、
再発というのは、かなり厳しい状況を意味します。
また手術でとってしまえば・・・・とはいかないんですね。
奥様は少年野球チームで大活躍しているご長男の話しを
生きる力に変えて病魔と闘っていましたが、
残念ながら34歳という若さで亡くなられてしまったそうです。
死期を悟った奥様は、旦那様にご長男をプロ野球選手にしてほしい。
そうお願いをされたそうです。
奥様が旅立たれたのが、ご長男が小学6年生の時の事だったようですが、
それから10年が経ち、立派に成長されたご長男は、
今日、見事にドラフト会議でプロ球団から指名されました
番組の中で、がんが再発した後に入院された奥様が、
日記を付け始めた事が紹介されており、
そして、当たり前ですがお子様の事を
本当に楽しみにされていた事が日記に書かれていました。
ウチにもね、ウチにもあるんですよ。 妻の闘病日記。
私の机の引き出しに、しまってあるんですけど、
死から目をそらす事が出来ない状況の中でも、
やっぱり子供の事ばかり書いてあって・・・・・
私の妻が息を引き取った時、
勇弥は中学3年生、祥吾は小学5年生でした。
番組の中で、ゲストの北斗晶さんが
「子供の成長を見られなかった事が、一番つらかったと思う」と
亡くなられた奥様の心境を代弁されていました。
あいつも、そうだったんだろうなぁ
私に万が一の事があったら・・・
ウチではその話しは、たった1回だけしか話しませんでした。
それも、冗談交じりに話したっけかなぁ。
医師から、ハッキリとダメとは言われていなかったせいもあり、
そういった話しをする事で、そちらの方向に進んではしまいか。
そんな強烈な不安感を覚えています。
今度のお正月を迎えると、ちょうど5年が経ちます。
子供達は妻が願っていた方へ進んでいるのかなぁ。

どうやら上陸の可能性は低いようですが、
台風の中心から遠く離れていても、
豪雨、強風に見舞われますので、注意が必要ですね。
今日はプロ野球のドラフト会議がおこなわれました。
私は、それほど興味があるわけではないのですが、
たまたまテレビを点けたら、
プロを志望している選手達の物語をやってました。
プロ野球を志望している高校や大学、社会人選手が、
固唾をのんで指名されることを待っている時の心境は、
なかなか大変なものだと思います。
そのテレビ番組で、ある大学生選手がとりあげられていて、
ウチと少し境遇が似ているので、思わず見入ってしまいました。
ご両親と男の子の2人兄弟。 ウチも同じ

そして、奥様が病魔に襲われてしまいます。
病名は 「卵巣がん」
手術をしたものの、再発してしまったそうです。
「がん」という病気にとって、
再発というのは、かなり厳しい状況を意味します。
また手術でとってしまえば・・・・とはいかないんですね。
奥様は少年野球チームで大活躍しているご長男の話しを
生きる力に変えて病魔と闘っていましたが、
残念ながら34歳という若さで亡くなられてしまったそうです。
死期を悟った奥様は、旦那様にご長男をプロ野球選手にしてほしい。
そうお願いをされたそうです。
奥様が旅立たれたのが、ご長男が小学6年生の時の事だったようですが、
それから10年が経ち、立派に成長されたご長男は、
今日、見事にドラフト会議でプロ球団から指名されました

番組の中で、がんが再発した後に入院された奥様が、
日記を付け始めた事が紹介されており、
そして、当たり前ですがお子様の事を
本当に楽しみにされていた事が日記に書かれていました。
ウチにもね、ウチにもあるんですよ。 妻の闘病日記。
私の机の引き出しに、しまってあるんですけど、
死から目をそらす事が出来ない状況の中でも、
やっぱり子供の事ばかり書いてあって・・・・・
私の妻が息を引き取った時、
勇弥は中学3年生、祥吾は小学5年生でした。
番組の中で、ゲストの北斗晶さんが
「子供の成長を見られなかった事が、一番つらかったと思う」と
亡くなられた奥様の心境を代弁されていました。
あいつも、そうだったんだろうなぁ

私に万が一の事があったら・・・
ウチではその話しは、たった1回だけしか話しませんでした。
それも、冗談交じりに話したっけかなぁ。
医師から、ハッキリとダメとは言われていなかったせいもあり、
そういった話しをする事で、そちらの方向に進んではしまいか。
そんな強烈な不安感を覚えています。
今度のお正月を迎えると、ちょうど5年が経ちます。
子供達は妻が願っていた方へ進んでいるのかなぁ。



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